作成日: 2016年6月6日 ... 最終更新日: 2017年1月28日
アジア安保会議 「南シナ海に万里の長城」 米、中国に孤立化警告
毎日新聞 2016年6月5日シンガポールで開催中のアジア安全保障会議で、南シナ海を急ピッチで埋め立てる中国に対して、米国のカーター国防長官は昨年以上に厳しい調子で「孤立化しかねない」と警告した。米軍の「航行の自由」作戦の継続も表明した。一方、日本を含む周辺国は米中の綱引きの間で、難しい立場に追い込まれそうだ。【シンガポール河津啓介、村尾哲、ワシントン西田進一郎】
「中国は自身を孤立させる『万里の長城』を築くことになりかねない」。カーター氏は4日の演説で中国に厳しく警告した。昨年の会議でもカーター氏は、南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島の浅瀬を埋め立てる中国を名指しで批判した。にもかかわらず、埋め立て面積は2015年末までの1年間でそれまでの約6倍にあたる約13平方キロに拡大。軍事拠点化への懸念も無視されたため、今年は批判の調子をさらに強めた。
米国は航行の自由や国際法に沿った平和的解決を基本原則に各国と協力し、中国の行動を国際問題化することで抑止したい考えだ。南シナ海問題を巡っては、フィリピンが提起した常設仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)の裁定も控える。カーター氏は「中国にとって外交政策を改め、緊張を緩和する機会になるとみている」と述べ、裁定の受け入れを拒む中国に圧力をかけた。
演説後の質疑で、会場の中国軍関係者から「なぜ中国ばかりに注目するのか」と質問が出た。カーター氏は「中国が問題ではなく、原則の問題なのだ」と突き放し、米中の認識の違いを浮き彫りにした。
今年は、米国の中国に対する姿勢の厳しさが際立っている。カーター氏は演説前日の3日に、シンガポールのウン・エンヘン国防相と米軍の最新鋭哨戒機P8に乗り込んで周辺海域を視察した。米軍は昨年10月以降、中国の人工島周辺を艦船に通過させる「航行の自由」作戦を3回実施。カーター氏は演説で「作戦を今後も続ける」と明言した。
昨年の会議でも、米国は南シナ海問題で中国を非難したが、具体的な軍事行動にまでは言及しなかった。一方、米国は追い込まれた中国が東シナ海に続き、南シナ海でも防空識別圏を一方的に設定することを懸念する。会場で報道陣に囲まれた中国軍の関友飛・国際軍事協力弁公室主任は「(防空識別圏の設定は)中国の主権の範囲だ」と主張し、切り札をちらつかせた。
■中国、積極外交で反撃
「中国が自ら孤立するとの見方は誤りだ。国連の平和維持活動などにも積極的に参加している」。カーター氏の「孤立」演説の後、中国代表団の関主任は会場の報道陣を前に反論した。さらに「米国は自らの『原則』を何よりも上位に位置づけており、(海のルールを定めた国際原則である)国連海洋法条約にも加盟していない」と皮肉った。中国政府は南シナ海問題で「40カ国以上が我々を支持している」と繰り返し、中国を孤立に追い込もうとする米国の動きをけん制している。
米国の攻勢の場となるはずだった会議では、中国の積極的な動きが目立った。中国軍の孫建国・連合参謀部副参謀長は3、4日の2日間で十数カ国の要人と2国間会談を重ねた。中国代表団の作業テーブルには各国の国旗が30センチ以上の高さに積まれていた。客が入れ替わるたびにスタッフが慌ただしく選び出し、設置。分刻みのスケジュールをこなす姿は、米国側との「陣取り合戦」の様相さえ呈した。
4日のカンボジア副首相兼国防相との会談後、待ち受ける報道陣に、中国代表団幹部は「カンボジア側から『カーター氏の認識は誤り』との認識が示された」と誇らしげに説明し、中国国防省のホームページにも素早く同内容の説明が掲載された。経済支援を背景にした周辺国への中国の影響力の大きさを誇示した形だ。
一方、周辺国の側では中国と領有権問題を抱えるフィリピンやベトナムなどと、問題を抱えていないラオスやカンボジア、タイなどとの立場の違いが際立ってきた。会議では、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の代表が口々に「ASEANの結束」を訴えている。米中の一方を選ぶ「踏み絵」を前に危機感が高まる。問題は常設仲裁裁判所の裁定が出た後だ。ASEAN外交筋は「裁定を今後の会議でどう扱うか。加盟国の分断が進む恐れがある」と懸念する。
■日本、海洋秩序訴える
尖閣諸島周辺での中国の動きを警戒する日本は「南シナ海で起きていることが東シナ海で起きないとは言えない」として、中国の一方的な現状変更を許さない姿勢を明確にしてきた。4月の主要7カ国(G7)外相会合の声明、5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の首脳宣言はともに「東シナ海および南シナ海の状況への懸念」を表明した。
中谷元(げん)防衛相は4日の講演で、中国への名指しは避けつつ、南シナ海での大規模な埋め立てなどについて「国際法に基づく海洋秩序を著しく逸脱するもので、強く懸念する」と述べ、米軍による「航行の自由」作戦への支持を表明した。
防衛省は米国と歩調を合わせつつ、南シナ海周辺国との防衛協力強化を本格化させている。フィリピンには4月、海上自衛隊の潜水艦とヘリ搭載型護衛艦が立て続けに寄港。海自護衛艦は4月、ベトナムの軍事要衝カムラン湾に初めて寄港した。
一方、米国には南シナ海の継続的監視や「航行の自由」作戦に日本の参加を求める声もあるが、今のところ日本政府内に応じる動きはない。海自からは「東シナ海や北朝鮮に関連する警戒、海賊対処で手いっぱい。通常訓練にもしわ寄せがきている」と悲鳴が上がっているのが実情だ。在日米軍駐留経費の全額負担を求めるトランプ氏が米大統領選で共和党候補指名を確実にしたことなども、日本側の動きを鈍くしている。
香田洋二元自衛艦隊司令官は「南シナ海は専守防衛の自衛隊の活動の枠外で新しい性格の課題だ。ただ、シーレーン(海上交通路)の安全確保の点でわが国への直接の影響もある。日米で共同対処方針を策定すべきだ」と指摘している。
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